正規ルートだけがすべてじゃない。僕が美大を辞めたわけ/電通 プランナー・コピーライター 鈴木健太さん

正規ルートだけがすべてじゃない。僕が美大を辞めたわけ/電通 プランナー・コピーライター 鈴木健太さん

女性シンガーソングライター「ラブリーサマーちゃん」をはじめ、学生時代からアーティストのミュージックビデオやアートディレクションなどを手がけてきたクリエーティブディレクター/映像作家の鈴木健太さん。多摩美術大学を中退し、フリーランスとしての活動を開始。現在は電通にてプランナー/コピーライターとして活躍すると同時に、日本初のネット映画レーベル「37.1°微電影」やZoomを活用したフルリモート演劇集団「劇団ノーミーツ」などでも活動しています。

新進気鋭のクリエイターである鈴木さんに、なぜ美大を中退したのか、その後どうやって電通と出会って入社したのか、そして現在の活動についてお話を伺いました。(マスナビ編集部)

写真:鈴木健太さん
鈴木健太さん株式会社電通 プランナー/コピーライター
【 目次 】
大学を中退した理由は?
映像作家を目指したきっかけは?
電通に入社した経緯は?
現在の活動について
学生のみなさんへメッセージ

大学を中退した理由は?

進学先に多摩美術大学を選んだのは、作品づくりのベースとなる知識を身に付けるためでした。高校生までの僕は、すべて独学で学びながら作品をつくってきたので、さらにレベルアップするためには、作品に役立つスキルを基礎からしっかり学べる環境に身を置くべきだと考えていました。


せっかく勉強するなら映像の専門知識よりも、もっと広い意味での表現方法や他者への視覚伝達といったグラフィックデザインなどに用いられる知識の方が、作品づくりの幅も広げられる。そこで、多摩美術大学の統合デザイン学科に入学することにしたんです。実際に、深澤直人さん、中村勇吾さんなど、著名クリエイターの方々が教鞭をとるなかで、ものづくりのプロセスや考え方を学べたことはとても貴重な経験でした。


しかし、大学在学中も個人での制作活動は続けていて、やりたいことが溢れている状態でした。とても悩みましたが、いま現場で得られる経験や新たな仕事のチャンスを逃したくないという気持ちが勝り、大学には2年間通ったあと、独立するために中退したんです。

映像作家を目指したきっかけは?

ラブリーサマーちゃん『私の好きなもの』

幼い頃に見た『スター・ウォーズ エピソード1』に衝撃を受け、いろんなSF作品や海外のアニメーション作品を見るようになりました。小学校3年生のときには父親が購入し家に置いていたiMacを勝手に触って、iMovieやKeynote、Garage Bandなどのソフトウェアで遊んでいるうちに、「これでアニメーションをつくれるかも…?」と思い、自分で映像作品をつくるようになりました。


高校生になると、インターネット上で同世代のメンバーを募り、映像制作チーム「KIKIFILM(キキフィルム)」を立ち上げました。当時はいまほどYouTubeが浸透していませんでしたが、自分たちで撮影・編集した作品をアップロードしていました。


大学時代には、映画『TOKYO INTERNET LOVE』を監督しました。ほかにも、ネットレーベル「Maltine Records」主宰のtomad氏とのイベント企画や、渋谷にあるライブストリーミングスタジオ「DOMMUNE」でスタッフとしてアルバイトをしていました。そのなかでユースカルチャーのクリエイターやアーティストとの交流が広がり、音楽×映画の祭典「MOOSIC LAB(ムージックラボ)」のポスターヴィジュアル制作などを依頼されるようになっていきました。


特に大きな転機となったのは、シンガーソングライターの「ラブリーサマーちゃん」です。Twitter上のやり取りがきっかけで仲良くなり、インディーズ時代からメジャーデビューまでのミュージックビデオを監督しました。僕にとって初めてのMVでしたが、アーティスト本人との対話を大切にしながら映像表現に落とし込むことを意識し、2015年の作品『私の好きなもの』などは大きな反響を得られました。座学では得られない刺激や気付きを得られるのが現場の醍醐味だし、その時間をなにより大切にしたかった。大学を中退したことは、まったく後悔していません。

電通に入社した経緯は?

フリーランスとして独立後、インターンに参加してみたことがきっかけです。尊敬するクリエイターがたくさんいる会社で、美大を辞める直前に応募しました。


正直、それまでの僕は広告というものをあまり知りませんでした。しかし、インターンを通して広告クリエイティブの作法や、ものづくりにおける一連のプロセスに触れたことで、フリーランス時代に抱いていた認識や知識が結びつき、霧が晴れたような、答え合わせをしているような感覚がありました。その経験から、今後も社会になにかを表現していくためには、広告的な表現を学ぶことは重要だと思い、電通に入社することに前向きになっていきました。


新卒採用の本選考で記憶に残っているのは、プレゼンテーションです。僕の場合、これまで手がけてきた作品をスライドにまとめたポートフォリオを用意しました。また、スライド内にはできるだけ言葉を入れず、自分の言葉で説明していました。そもそも就活に関するメソッドをまったく知らなかったので、その場でしゃべりまくるしかないなという感じで(笑)。しかし、結果的には自分の作品に対する熱量をより伝えられたように思います。


就職活動では、作品を見せて「自分にはこういうスキルがあります」とアピールする人はたくさんいます。でもそれだけではなく、作品が社会にどのようなインパクトを与え、どのような反響が得られたかを示せるところまでいけると、説得力も生まれます。


今は自己発信の手段がいくらでもあるので、学生のうちに実績をつくっておくことも難しくないと思います。希望する会社に気に入られるためのポートフォリオを用意するのではなく、まずは自分が好きなことを実践して、それをポートフォリオに集約していく。それは就活だけでなく、社会に出たときの大きなアドバンテージになるし、より良い働き方・生き方につながると思います。

現在の活動について

劇団ノーミーツ

電通では、プランナー/コピーライターとして勤務しています。広告・CMの企画やコピーの作成などはもちろん、映像ディレクターとして、あるいはアートディレクターやクリエーティブディレクターのように動くこともあります。電通はテレビやラジオ、雑誌、新聞などの広告のイメージが強いかもしれませんが、いまの時代、その仕事の目的によってアウトプットの仕方も多様です。最近ではAIなどの最新テクノロジーを活用したプロジェクトも多く、マス広告を超えた領域の仕事にも関わっています。自分の日常生活では関わることのない商品や、これまで知らなかった領域に毎日触れることができ、とても刺激的です。


ほかにも、「SHISHAMO」や「KIRINJI」「羊文学」などのアーティストのMV監督や、日本初の微電影レーベル「37.1°」を立ち上げ、インターネット発の映画作品を試行錯誤しています。また、2020年4月に始動したフルリモート劇団集団「劇団ノーミーツ」では、クリエーティブディレクターとして参加しています。新型コロナウイルスの影響が広がる社会でも楽しめるコンテンツ、そしてつくり手や演者も楽しめる実践の場として、「リモート演劇」と呼ばれる新しいジャンルの作品を手がけています。


「企業」と「自分」を両立する最大のメリットは、「自分でつくった“プロトタイプ”を、企業の課題解決に活かせる」ということ。世の中にまだ出ていないアイデアや手法をまずは自分の手を動かして実践し、ある種のプロトタイプをつくっておくと、そのアイデアがクライアントの課題解決につながることがあります。だから「どちらかが本業」という位置づけはなく、個人制作もクライアントワークもどこかでつながっているんです。

学生のみなさんへメッセージ

大学や就活だけが世界じゃない、と思います。目の前のことにとらわれすぎず、たまには視線をそらしたりして、広い視野で世界を見てみてください。普段自分が絶対に触れないものを見たり、面白がってみたりすると、その積み重ねが意外とどこかでつながったりします。大切なのは整備された道を歩くことではなく、自分がやりたいと思える道を見つけること。多様化している時代のなかで、やりたいことを実現するための選択肢は「大学を卒業して就職」以外にも広がっています。


まずは少しでも心が動くことにチャレンジしながら、自分の気持ちと向き合ってみてください。「どうせできない」と、自ら可能性を閉ざしてしまうと、本当になにも始まりません。自分の本音を紐解く時間をつくることが、社会における自分の希少価値になり、社会に出てからも自分に正直に、のびのびと生きていけるのではと思います。

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