報道機関のデータサイエンティストに求められること/日本経済新聞社 データサイエンティスト 石原祥太郎さん
数ある新聞社のなかで、いち早く電子版をリリースした日本経済新聞社。今回は、同社でデータサイエンティストとして活躍する石原祥太郎さんにインタビュー。石原さんが就職先に日本経済新聞社を選んだ理由と、報道機関のデータサイエンティストの役割についてお話をお聞きしました。(マスナビ編集部)
- 石原祥太郎さん株式会社日本経済新聞社 データサイエンティスト
- 【 目次 】
- もともと新聞社で働くことが夢だったの?
- なぜ日本経済新聞社を選んだの?
- 日本経済新聞社内のデータ活用部門はどんな組織?
- 仕事で意識していることは?
- 「データサイエンティスト」と「データアナリスト」の違いは?
- 学生の皆さんへメッセージ
もともと新聞社で働くことが夢だったの?
具体的に思い浮かべていたわけではないですが、幼いころからマスコミや報道に対し興味関心がありました。実家では中日新聞と読売新聞の2種類を購読していたのですが、ある日新聞社ごとで事実の取り上げ方が違うことに気がつきました。そこからマスコミや報道に面白みを感じるようになり、自然と選択肢のなかに入ってくるようになりました。
なぜ日本経済新聞社を選んだの?
大学での学びと経験を一番発揮できる環境だと思ったからです。私は東京大学に進学し、工学部でプログラミングやデータ分析を専攻していました。そしてそれ以外に、東京大学の学生新聞をつくる組織「公益財団法人東京大学新聞社」に入り、記者や編集として活動していました。
公益財団法人東京大学新聞社は、公共財団法人とあるように、大学から完全に独立した組織です。大学から独立した組織であるため、一般の新聞社のように記者会見の場では取材権が与えられるなど、かなり本格的な記者活動を行っています。
そこでの活動は非常に有意義で、就職活動をするときは、東京大学新聞の経験を活かし記者職に就くべきか、それとも工学部で学んだことを活かし、テクノロジーに関わる仕事に就くべきか、とても迷いました。そんな矢先、日本経済新聞社で記者とデータサイエンティストを募集していることを知りました。詳しく調べてみると、日本経済新聞社はいち早く電子版を導入した新聞社で、テクノロジーやデータを取り入れた「データジャーナリズム」を強く推進する土壌がありました。
そんな場所で、もし自分が記者職で勤めたとしても「自分より良い記事を書ける人」はきっとたくさんいる。でも、「自分より編集のこともプログラミングのこともわかっている人」はそんなにいないだろうと考えたのです。そのため記者ではなく、データサイエンティストとして日本経済新聞社へ入社することを選びました。
日本経済新聞社内のデータ活用部門はどんな組織?
各担当案件でデータを扱うグループがあり、ソフトウェアエンジニアを含め25人くらいの組織で活動しています。そのなかに、私のようなデータサイエンティストが在籍するチームが存在しています。電子版やデジタル事業は当社のなかでも新規事業に当たるので、柔軟な考えを持つ人が多いように感じています。例えば、私のチームマネージャーは、デジタルネイティブ世代の意見を尊重してくれる方で、最年少ながらも非常に仕事がしやすい環境で働かせてもらっています。入社前には、日本企業特有のお固めのイメージを抱いていたので、良い意味でのギャップがありました。
なお、私が所属しているグループは法人向けの部門で、「情報サービスユニット」になります。日経電子版のチームとは別に、主に法人向けのWebサービスをつくっています。有名なものでいうと、ビジネスに関係するさまざまな新聞の情報を閲覧できるデータベースサービス「日経テレコン」や、営業・企画開発の人たち向けの情報キュレーションサービス「NIKKEI The KNOWLEDGE」などを開発しています。特に、「NIKKEI The KNOWLEDGE」は私も開発に携わっており、データの推薦機能や検索履歴からのレコメンド機能の実装などを担当しました。
仕事で意識していることは?
自分にしかできないことをなくすことを意識しています。自分が万が一倒れてしまったとき、仕事がすべて止まってしまう。それは絶対にあってはならないことだと思います。そのため自分がした作業については、ほかの人でも再現ができるよう、情報を逐一残すようにしています。自分だけに情報を留めるのではなく、会社全体でデータ活用を進められる環境をつくることが重要なのだと思っています。
また、データを取り扱う上では、数と時間をかけることを常に心がけています。何事も初めの段階で、基礎を勉強することは大切なことです。さらに、自分で手を動かし試行錯誤をして、いっぱい失敗をしながら、実践での経験を積んでいくことも大切であると思います。たくさん失敗をして、試行錯誤をしながらうまくいった経験を、会社に還元する。社内の業務だけでなく外部のコンペにも参加をして、さまざまなチャレンジをしながら自分ができることを増やしていくこと。そのような貪欲さを持つように意識しています。
「データサイエンティスト」と「データアナリスト」の違いは?
データサイエンティストは、「記事の閲覧率やクリック数など具体的な指標があったときに、データサイエンスの技術を駆使して伸ばす」という点に責任範囲がある人だと思っています。一方でデータアナリストは、もう少し分析寄りな点に重きを置く存在だと思います。具体的にいうと、「そもそも、どの指標を伸ばすべきか?」みたいなところを探りながら見つける人、ですかね。つまり「伸ばすべきものを探す人」としてデータアナリストがいて、「見つけたあと具体的に伸ばしていく人」がデータサイエンティストだと私は考えています。そのため、どちらかが大事とか強いということではなく、分担して役割を持つことが大切なのではないでしょうか。
データサイエンティストの仕事を、なにをもって成功とするかは難しい話だと思っています。例えば、「ニュース記事のクリック率が上がること=成功」と定義づけたとします。それに従い、データサイエンティストが「日経電子版の一面トップの記事をすべて人気アイドルの記事にしましょう!」を提案して実行する。その結果、クリック率が上がりました…となっても、はたしてそれは成功と言えるでしょうか? 少なくとも当社としては、このような方法でクリック率が向上したとしても、データサイエンティストの仕事が成功したとは考えないと思います。データサイエンティストに求められるのは「正しい成功の仕方に導いていく」ことなのです。
そのため報道機関の当社では、とにかく「フェアな報道」を心がけています。言うまでもなく、ワンサイドの意見ばかりを伝えるのは報道機関として適切ではありません。当社でもこのことを肝に銘じていますし、社是には「中立に物事を伝えていく」を掲げており、情報を中立に取り扱う風土ができあがっています。
その一方で、私のようなデータサイエンティストを雇うなど、最新のテクノロジーやデータの取り扱いも行っています。これらはとても便利でかつ、より詳しい情報をユーザーに伝えるために一役買う存在です。しかし、不注意に取り扱うことで報道の公平性を損なうリスクも存在します。それは絶対に避けねばなりません。だからこそ、報道とテクノロジーの然るべき合流地点をきちんと探っていくことが、新聞社に勤めるデータサイエンティストの最大の使命だと思っています。
学生の皆さんへメッセージ
せっかく学生の立場にいるので、学術研究にきちんと取り組んでください。研究とは、課題に取り組み、その成果を言語化して、必ずしも詳しくない人に発表する。そのトレーニングができる環境なのです。その一連の流れに取り組んだ経験は、データサイエンティストでなくとも、社会に出たとき、必ず役に立ちます。「読む」「書く」「話す」といった根本的なところや勉強の仕方、物事の考え方をきちんと抑えている人は、たとえどのような環境であっても適応できると思います。