広告には、正解がない。dentsu Japanグロースオフィサー高崎卓馬さんインタビュー『広告界就職ガイド2026』発刊記念【全文公開】
「きみは広告で何になる?」は2024年10月28日に発刊された『広告界就職ガイド2026』(宣伝会議発行/マスナビ編集部協力)のコンセプトです。広告には、答えがありません。課題も、手法も、過程も、自分次第です。だからこそ何にでもなれるチャンスがあります。『広告界就職ガイド2026』では、型にはまらない多彩な取り組みをされている方々をインタビューしています。今回は特別に、巻頭インタビューのdentsu Japanグロースオフィサー高崎卓馬さんの記事を全文公開! 米アカデミー賞国際長編映画賞でノミネートされるなど注目を浴びた映画『PERFECT DAYS』はどのようにして出来上がったのか? 広告クリエイターの可能性についてお聞きしました。(マスナビ編集部)
- 高崎卓馬さんdentsu Japan グロースオフィサー/エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター
- 1969年福岡生まれ。2010、13年に続き2023年に3度目のクリエイター・オブ・ザ・イヤー受賞をはじめ、国内外での受賞多数。共同脚本・プロデュースで参加した映画『PERFECT DAYS』が、第96回アカデミー賞で国際長編映画賞にノミネートされた。
- 【 目次 】
- 解決法に決まりはない。新しい挑戦の場が無限に広がっている
- 「人間」に興味があるか。「人間」へのリスペクトがあり、その山を登りたいと思えるか
- 広告なら何にでもなれる。多種多様なクリエイターをインタビューした『広告界就職ガイド2026』発刊!
解決法に決まりはない。新しい挑戦の場が無限に広がっている
──高崎さんが映画界の巨匠ヴィム・ヴェンダースと共同脚本・プロデュースを務めた映画『PERFECT DAYS』は、アカデミー賞国際長編部門にノミネートされ、主演の役所広司さんがカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞も受賞しました。トイレ清掃員の日常を描いた作品ですが、この映画の生まれた経緯を教えてください。
この映画の始まりには、「THE TOKYO TOILET(以下、TTT)」というプロジェクトがあります。このTTTは、ファーストリテイリング取締役の柳井康治さんが企画から資金提供までして実現した、渋谷区の公衆トイレのリデザインプロジェクトです。安藤忠雄さんや隈研吾さん、佐藤可士和さん、NIGO®さんなど世界で活躍する建築家やデザイナーが参画し、17個の近代的な美しいデザインのトイレを製作したのですが、柳井さんは「どんなに素晴らしいトイレをつくったとしても、使うひとの意識が変わらないと意味がない」と課題を感じていて、その相談を僕が受けました。
2021年6月24日に使用開始となった隈研吾さんが手がけた鍋島松濤公園の公共トイレ「森のコミチ」。
THE TOKYO TOILETのすべての公共トイレで掲示するピクトサインを佐藤可士和さんがデザイン。佐藤さんは恵比寿駅西口公衆トイレのデザインも手がける。
広告的な解決策はすぐに浮かんだのですが、それはどこか説教くさいもので、たとえ人の行動を変えられたとしても、その広告が終わるとまた元に戻ってしまうだろうと思いました。それでもっと深いところで人に何かを届ける方法を考えていきました。その答えが「アート」や、アートのもたらす「感動」だったのです。
それからすぐに「清掃員を主人公にした映画をつくろう」というアイデアが生まれました。 最近の広告は、課題解決のためなら手法は自由である、という風潮があります。そういう意味で広告というものの領域はとても広く、今回の僕たちの取り組みも広告的に見ることも可能だと思います。これは広告って無限の可能性があるということでもあります。結果が出るのであれば、映画でもいいし、事業でもいいし、建築でもいいと考えると面白いですね。新しいことへの挑戦をあとから広告と呼べばいいのですから。
ちなみに、映画が海外で有名になったことで、インバウンドの観光客の中には、このトイレをツアーで回る人も出てきました。この映画によって愛着が生まれたのか、実際にトイレが汚される事例も格段に減る効果があらわれました。
『パリ、テキサス』『ベルリン・天使の詩』などで知られるドイツのヴィム・ヴェンダース監督が、役所広司を主演に迎え、東京・渋谷を舞台にトイレの清掃員の男が送る日々の小さな揺らぎを描いた映画『PERFECT DAYS』。2023年のカンヌ国際映画祭で役所が男優賞を受賞し、キリスト教関連の団体から人間の内面を豊かに描いた作品に贈られるエキュメニカル審査員賞も獲得。24年は米アカデミー賞国際長編映画賞にノミネート。出演は役所広司、中野有紗、柄本時生、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯ほか。ビターズ・エンド配給。
──巨匠・ヴェンダース監督とはどのように映画づくりをしたのですか?
脚本づくりはいっしょにやりました。とても深く、純粋な、映画との格闘の時間でした。すべての作業に入る前に実際に早朝から丸一日、渋谷のトイレ掃除をやらせてもらいました。
そのときの経験がベースになっていると思います。フィクションの存在をドキュメタリーのように追うということを監督が決めて、それから架空の主人公の日々の暮らしを丁寧にまるで取材するように考えていきました。
撮影も編集もずっと監督の横の特等席にいて、映画が生まれるプロセスをすべて生々しく経験できました。
実は、僕は学生時代にヴェンダースの映画を観て衝撃を受け、それから8ミリフィルムを回し始めたんです。その後、大学4年間は映像表現に没頭し、映画監督になりたいと思っていました。当時は広告業界から映画監督になる人が多かったので、広告の道に進んだんです。
つまり、僕の原点にはヴェンダースがいる。そんな人とペアになって制作をする体験は、喜びと怖さを同時に感じるものでした。本当にリスペクトしている人なので、負けずについていくことに必死でした。
シナリオハンティング中のヴィム・ヴェンダース監督(右)と高崎卓馬さん(左)
──広告と映画で、違いを感じたことはありますか。
広告は1000人に届ける時に、できるだけ1000人に同じものが届くことを目指します。映画は1000人が見るなら、1000人が違う感情になっていい。その時、その人によって受け取り方が違うものをつくるというのは、アプローチとして大きな違いがある。広告をやっていたからこそ、映画にしかできないことに気がつくことができた。
一方で、共通点もありました。僕はCMをつくり始めた初期の頃に、企画がまったく通らず、ふさぎ込んでしまった時期があります。その時に海外のCMを研究して、自分なりに面白いと思う映像の公式を20個ほどつくり、その文法にあてはめてCMづくりをするようになりました。その映像の公式を今回、編集室でぶつけてみると、面白いように伝わり、すべてを理解してくれた。世界的な監督と、映像について共通の言語で話せたことは望外な喜びでした。
──この映画のように「広告はどんな手法を使ってもいい」時代に、コピーライターやCMプランナーという肩書はどういった意味を持つのでしょうか。
『PERFECT DAYS』は、肩書に縛られず、「課題に対する最適な答えは何か」のみを考えたから生まれたものだと思います。肩書きは一瞬、プロフェッショナルとしての称号のように思うかもしれませんが、自分の活動範囲を逆に狭めることになる。そのことを自覚できているかどうかは大きな差になると思います。肩書きの範囲でしかアイデアを考えないひとより、奔放に想像力と時代をかけあわせて答えを探すほうが知的冒険として、はるかに面白いですから。
一方で、自分の聖域を持つことは大切です。「この領域のフィニッシュは、自分が行う」という絶対的な足場を持つこと。他のセクションの人から、その領域に関しては一目置かれる自分の特技をつくることが、まずは必要だと思います。
広告はどの職種にも言えるのですが、一つを極めると、何に対しても潰しが効きます。ある領域を極めると、そこで得た感覚や考え方、人間に対する洞察はどの場所でも応用が効くようになる。近年の広告が手法を選ばなくなっているのも、広告クリエイターが世の中のさまざまな場所で必要とされ、活躍しているのも、広告の持つ汎用性の高さが理由だと思います。
「人間」に興味があるか。「人間」へのリスペクトがあり、その山を登りたいと思えるか
──どんな人が広告業界に向いていると思いますか?
僕が広告業界で何をしてきたのか。それを一言でいうと、「人間を研究してきた」のだと思います。どんな商品も売る相手は人間ですから、人間のプロフェッショナルになればいいのです。
「なぜ悲しくないのに涙がでてくるのだろう」「昨日まで好きだったのに、なぜ今日は嫌いになっているのだろう」「みんなが好きなものを自分がそう思わないのはなんでなんだろう」…。30年以上にわたって、あらゆる商品や企業と向き合いながら、人間という生き物を考えてきました。100%はわかりえるわけないという畏怖やリスペクトも持ちながら、「わからないからこそ面白い」「わからないからこそ人間という山を登りたい」と思い、生きてきたのです。
だから、広告業界に向いているのは「人間」に興味がある人だと思います。「人間」へのリスペクトがあり、その山を登っていきたいと思えるか。そこに関心を持つ人は、モチベーションが枯れることはないように思います。
──最後にこれから広告業界を目指す学生にメッセージをお願いします。
仕事でその都度やってくる課題や相談ごとの「A」と、自分という「B」。この「AとB」をかけ合わせると、新しい表現が生まれます。この30年間で僕は、さまざまな課題の「A」に、自分という「B」をかけ続けてきました。
一つとして同じ「A」がやってこないのが広告の面白さだと思います。縁と運と時代で変化する「A」との出会いによって、新たな表現が生まれていく。柳井さんが持ってきた今回の「A」は、ヴェンダースと対峙しなくてはいけないので大変でしたが、自分という「B」を強く保つことで、なんとか表現を形にできました。そして、そうした仕事の結果が、また新たな「A」をつぎつぎと呼び寄せてくれるのも、広告仕事の楽しいところです。
断っておきますが、これから広告業界に入る人は僕にはなれません。なぜならどうやっても、僕の経験してきた「A」と同じものを経験することはできないから。しかし、これからの30年、今までとはまったく次元の異なる相談が広告業界にたくさん舞い込むでしょう。
その相談ごとの「A」と向き合い、自分という「B」を磨き続けることで、みなさんはどこまででも遠くに行けるはずです。
それが僕は羨ましくて仕方ありません。これからの若い人たちが、僕よりも深い仕事、僕よりも素晴らしい表現を生み出していくのをとても楽しみにしています。
広告なら何にでもなれる。多種多様なクリエイターをインタビューした『広告界就職ガイド2026』発刊!
広告業界を目指す学生必見の就活本『広告界就職ガイド2026』が2024年10月28日に発刊されました!
書籍では、映画『PERFECT DAYS』の共同脚本・プロデュースを務めたdentsu zeroの高崎卓馬さんのほかに、あのちゃんことアーティスト anoさんと日本マクドナルドがコラボレーションしたオリジナル楽曲「スマイルあげない」を手がけTBWA\HAKUHODO クリエイティブディレクター原口亮太さん、東急プラザ原宿「ハラカド」のコンセプト設計・テナント誘致などを担った博報堂ケトル トレンドフォーキャスター 各和奈利さん、1000人の青春をかなえた「ポカリCM制作フェス!」を実施したドリル コピーライター 藤曲旦子さんなどのインタビューが収録されています。
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