新しい“あたりまえ”をつくる仕事 PRの第一人者・博報堂ケトル嶋浩一郎さんインタビュー
「民泊」「ノンアル」「キャッシュレス」「朝活」「グランピング」「おひとりさま」…。一昔前にはなかった概念が、いま新しい「あたりまえ」として社会に受け入れられています。
新時代の新常識は、どのようにして広まったのか。実は、この「新しい“あたりまえ”をつくる仕事」があります。新しい価値観やライフスタイルが定着するための補助線を引く仕事が「PR(パブリックリレーションズ)」であり「PRパーソン」です。今回は『「あたりまえ」のつくり方 ——ビジネスパーソンのための新しいPRの教科書』(NewsPicksパブリッシング)を発刊したばかりの博報堂ケトル・ファウンダーの嶋浩一郎さんにPRの仕事についてインタビューしました。
広告・PR志望の学生必見です。どのような視点・マインドを学生時代から身につけておくべきか教えていただきました。
- 博報堂ケトル ファウンダー 嶋浩一郎さん
- 1968年東京都生まれ。1993年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR活動に携わる。01年朝日新聞社に出向。スターバックスコーヒーなどで販売された若者向け新聞「SEVEN」編集ディレクター。02年から04年に博報堂刊『広告』編集長を務める。2004年「本屋大賞」立ち上げに参画。現在NPO本屋大賞実行委員会理事。06年既存の手法にとらわれないコミュニケーションを実施する「博報堂ケトル」を設立。カルチャー誌『ケトル』の編集長、エリアニュースサイト「赤坂経済新聞」編集長などメディアコンテンツ制作にも積極的に関わる。2012年東京下北沢に内沼晋太郎との共同事業として本屋B&Bを開業。編著書に『CHILDLENS』(リトルモア)、『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』(ディスカヴァー21)、『企画力』(翔泳社)、『このツイートは覚えておかなくちゃ。』(講談社)、『人が動く ものが売れる編集術 ブランド「メディア」のつくり方』(誠文堂新光社)がある。
- 【 目次 】
- いまがゴールドラッシュ!? 新しいあたりまえが続々生まれる
- 社会現象を起こすPRのダイナミズム
- PRパーソンに必要なのは全方位への共感力
いまがゴールドラッシュ!? 新しいあたりまえが続々生まれる
──嶋さんの新刊のタイトルが『「あたりまえ」のつくり方』ですが、なぜ「あたりまえ」に注目したのでしょうか?
ここ5年ぐらい新しい「あたりまえ」のゴールドラッシュが来ているように感じます。10年前には考えられなかったような新しい概念がいまや常識になっています。
例えば「ライドシェア」。昔は移動手段といえば、公共交通機関やタクシーしかありませんでしたが、複数人で乗り合わせる概念が生まれています。「カーシェア」もそうです。これまでは車を所有するのが一般的でしたが共有する流れがあります。ほかには「キャッシュレス」もそうですよね。財布からお札や小銭など現金を出すのがあたりまえでしたが、スマートフォンを使えばワンタッチで完結するようになりました。
枚挙にいとまがないですが、皆さんもこのような「あたりまえ」の変化を日々感じているのではないでしょうか。
──たしかに一昔前にはまったくなかった「あたりまえ」が溢れていますね。マスナビ読者の学生の皆さんに馴染みがありそうなものだと「マッチングアプリ」もですね! 以前は合コンしかなかったものが、スマホで簡単にマッチするようになりました。
実は昔から新しい「あたりまえ」の浸透をサポートする産業があります。それがPR産業です。
いまではあまりにあたりまえすぎて想像がつかないかもしれませんが、「鉄道」という新しい概念が浸透するために苦心した人たちが100年前のアメリカにいました。広大な国土に鉄道というインフラを敷いていく過程で、さまざまな軋轢が生じました。そこで鉄道の価値理解を促す技術として確立されていったのがPR=パブリックリレーションズです。
100年前の鉄道はいうなれば新しいテクノロジー(技術)です。こうした技術が生まれたときに生じる「危ないのでは?」「なんか怖い!」「いまのままでいい…」といったさまざまな反対意見に対して、丁寧に対話を重ねてリレーション(関係)を築いていくことで、新しいライフスタイルとして受け入れられます。
冒頭の話に戻りますが、明治、大正、昭和、平成といつの時代も「あたりまえ」は発生しては定着してきましたが、令和のいまこそAIをはじめとするテクノロジーの進化によって、新しい「あたりまえ」のゴールドラッシュを迎えているわけです。
──昨今のテクノロジーの進化によって新しい「あたりまえ」が生まれる土壌が整っていて、PRがどんどん求められているのは理解しました。では具体的にどのようなサポートをするのでしょうか?
いまではあたりまえの「民泊」を例に説明します。それまでは旅行に行くならばホテルや旅館に泊まる選択肢しかなかったものを、一般人の民家やマンションに泊まることができるまったく新しい宿泊体験が誕生したことで、旅行者にとっては選択肢が広がりました。
「民泊」が浸透するまでに、PRパーソンによるさまざまな取り組みがされました。一つは自治体に向けたもの。そもそも旅行者を宿泊させるには自治体の許可が必要です。当時の法制度では民泊は難しいなかで、自治体の抱える課題に寄り添ったアプローチがされました。
たとえば地方自治体の人口減という喫緊の課題に対して、民泊によって「関係人口」を増やすことができると説いたのです。たしかに宿泊施設に泊まるより、市井の中に入るほうがディープな体験になり、訪れた自治体と強い関係(絆)が結ばれます。ほかには「空き家問題」も地方自治体にとっては悩ましいものです。これも民泊によって空き家が有効活用され、問題解決の糸口を示したわけです。
一方で近隣住民からすると「いつの間に知らない人が隣家に泊まっている」と不安に感じることもあるはずです。しかし民泊によって、人の往来が増えることで逆に防犯に効果があることや過疎地に賑わいがもたらされることなど民泊の価値を伝えて、納得を促します。
このような同時並行のコミュニケーションを通して、2017年にいわゆる民泊新法という法規制が制定されました。そしてAirbnbをはじめとする民泊サービスが広く使われるようになりました。
社会現象を起こすPRのダイナミズム
──行政や世間などさまざまな方面との調整にPRパーソンが関わって、新サービスが受け入れられているのですね。
昔からPRパーソンの仕事は「マルチステークホルダー(利害関係者)との合意形成」と言われています。わかりやすく言うと、いろんな懸念・不安を感じる人たちと、納得して握手し合うことをサポートする仕事です。
PR=パブリックリレーションズは最後に“s”と複数形になっていることが肝要です。さまざまな人たちと握り合うことで、新しい「あたりまえ」の定着につながります。
複数のステークホルダーと握手する例として、「男性の育児参加の促進」を広めるには、PRパーソンが新聞社・記者に対して「男性の育児参加率」という記事ネタを提供するのも一つです。もしくは育児に積極的な男性を主人公にしたドラマやマンガをつくってもらうために、テレビ局・プロデューサーや出版社・編集者にアプローチすることもありです。
このように複数のメディアとの合意形成をするのもPRパーソンの重要な役目です。しかしそれだけでは新しい「あたりまえ」はなかなか普及しません。
たとえば、ショッピングモールの男性トイレ内に赤ちゃんのオムツ換えコーナーを設けてもらうために、ゼネコンやディベロッパーと握手する手もあります。ほかには世の中に無数にある会社の総務部を集めて、男性の育休取得制度の社内整備を議論するカンファレンスを開くこともできます。
このように全方面に交渉して、社会全体が動く起点になりえるのが、PRのダイナミズムであり、醍醐味でもあります。
──「社会現象」を起こすことがPRにはできる。たしかに面白い仕事ですね。
「社会現象」を起こすのは簡単なことではありません。なぜなら、多くの人の共感が伴わないと発生しないからです。「そう、わたしもそう思っていたの!」と気づいて、いろんな立場の人が各々で行動をすることで「社会現象」につながっていきます。
そして、共感を促すには「社会記号」が必要です。上述の男性の育児参加でいうなら「イクメン」です。この言葉ができたことで、立場の違う人たちがそれぞれ自分の持ち場でなにかできないかを模索し始めたのです。そしてだれよりも早く実践してきたイノベーターが注目を浴びて、その周りにフォロワーができて、さらにメディアが大々的に広めて社会記号を増幅させ、スターができる。このようなサイクルが回ることで、社会現象へと転じるのです。
「社会記号」は言い換えると、人間の欲望を言語化したもの。みんながなんとなくモヤモヤしていたこと、既成概念に対しての違和感を的確に表したものです。「おひとりさま」もまさにそう。「ひとり焼肉」も、「みんなで食べると楽しいよね」という常識に対して「いや~わたしは一人で堪能したいんだけどな…」と感じていた人が多かったから共感を生みました。「ひとりカラオケ」「ひとり旅」とさまざまなステークホルダーが能動的に動き、新しいあたりまえとして定着しました。
じつは「社会記号」自体はPRパーソンでなく、メディアがつくることがほとんど。世の中の現象やトレンドを伝えるのがメディアの原理だからです。ただ、このような人間の欲望の萌芽を、敏感に見つけていくことがPRパーソンには求められます。
PRパーソンに必要なのは全方位への共感力
──そのためにはどのような視点・マインドが必要になりますか?
「エンパシー(共感)力」です。相手の立場を思いやれる人が一番ですね。広告・マーケティング業界にも言えますが、PRパーソンはより一層その力が求められると思います。
ステークホルダーである相手に納得して行動してもらうには、一方的な発信ではなく、相手の目線に立って対話を重ねることでしか、なしえません。世の中はダイバーシティで、立場や価値観の違いがあるという前提にもとづいて、交渉と対話によってギャップを埋めていくことで、共感してもらう。そのためにはエンパシー力が最重要です。
あとは「新しいあたりまえをつくるための補助線を引く」という意識です。新しいテクノロジーやアイデアを考えるのは自分ではないことを胸に留め、いかにそのテクノロジーやアイデアが滑らかに世の中に浸透していくのをサポートできるか。そういった職業倫理を、PRパーソンやPRパーソンを目指す人には持ってほしいですね。
──先導するのではなく補助をする。それを念頭に置きながら、新しいあたりまえをつくっていくのですね。本日はありがとうございました。
嶋さんの新書『「あたりまえ」のつくり方 ——ビジネスパーソンのための新しいPRの教科書』より一部抜粋してマスナビに転載した「広告とPRの違い」は、以下より読むことができます。
▽広告とPRの違いは? PRの第一人者が解説▽
https://www.massnavi.com/report/1295.html
▽書籍の詳細はこちらから▽
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