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レポート

時間をかけて考えたESを刷新するのはもったいない? ─ 就活を成功させるための心理テクニック 第14回

橋本之克さん

時間をかけて考えたESを刷新するのはもったいない? ─ 就活を成功させるための心理テクニック 第14回

近年大注目の「行動経済学」。不合理な生き物である人間を、心理学と経済学を用いて分析する考え方で、マーケターが消費者インサイト(消費者自身が気づいていない本音や動機)を捉える際にも参考にするメソッドです。就職活動も人の不合理な判断が少なからず起きてしまいます。判断を誤らないように、行動経済学を用いて就活対策をするならば──。第14回は、「時間をかけて考えた自分のエントリーシート(ES)だけど、不安がよぎって刷新しようとするもなぜか気が向かない」心理について。目の前の就活だけでなく、将来の仕事から実生活にも役に立つ、就活を成功させるための心理テクニックをお伝えしていきます。(マスナビ編集部)

もったいないの根源は?

食べ放題のお店で払ったお金がもったいなくて、満腹になっても食べてしまったことはありせんか? また、買った後にサイズが違うと気づいた靴や洋服を捨てらなかった経験はありませんか?

これらは行動経済学の「サンクコスト効果」の影響です。Sunk(サンク)はSink(=沈む)という英単語の過去形で、沈んでしまって戻らないという意味です。つまりサンクコスト(Sunk Cost)とは、過去に支払って取り戻せないコストのことです。合理的に考えるならば、サンクコストは無視すべきです。しかし人は無意識にサンクコストを無駄にしないような行動を選んでしまいます。過去に費やしてきたお金、時間、労力をもったいなく感じ、やめる決断ができなくなるのです。

この心理的バイアスの影響による失敗は数多くあります。有名な例は1970年代に英仏共同で開発された超音速旅客機コンコルドです。この飛行機が開発されている最中に、超音速旅客機のさまざまなデメリット(高騒音、低燃費、長い滑走路の必要性など)が明らかになりました。また航空業界には低コスト大量輸送化の流れが来たため、コンコルドの需要は減少していました。そして最終的に採算が取れないことが明確になります。関係者に賠償金を払ってでも即座に計画を中止した方がよい状態です。しかし投入された費用や労力などを無駄にしたくないという心理によって開発は止められず、さらに巨額の損失を被ることになったのです。

現代の日本でも、ダム建設などの公共工事、企業のプロジェクトなど、サンクコスト効果が損失の要因となる例は枚挙にいとまがありません。

では、この心理によって就活にどんな影響を受けるでしょうか。例えば、皆さんが丁寧に作成したES、一生懸命にまとめた面接用の自己アピールです。それらの作業中にサンクコスト効果が働くと、労力と時間をかけて行った準備を無駄にするのが嫌になります。途中で、もう一度書き直した方が良いかな?と思っても、やり直すことをやめてしまうかもしれません。結果的にベストなアウトプットができなくなる可能性があります。

創造的な仕事をしたい人は覚えておきたい心理

この心理的バイアスは、今後皆さんが広告・マスコミ業界などに就職した際にも覚えておくべきものだと私は思います。特に広告・マスコミ業界の仕事で生み出されるアウトプットは、広告、テレビ番組、デジタルコンテンツなど、頭で考えて創造するものです。そこで費やされるコストは人の労力や時間となります。こうしたコストを費やして考えたアイデアが良くないかもしれないと気づいたときに、一から考え直すのは難しいものです。理由の一つは、ここで説明した「サンクコスト効果」ですが、それだけではありません。自分でつくった物を、実際以上に高く評価する心理的バイアス「イケア効果」も働きます。その結果、過去に考えたアイデアに固執してしまいがちなのです。

またアイデアというアウトプットは評価が難しいものです。飛行機のように、積載量、燃費など、明確な評価基準はありません。だからこそ、労力や時間をかけて考え、創造した結果が間違いだったと認識し、新たに考え直すことが余計に難しいのです。

巷では、一つの広告コピーを考えるために100本のコピーを考える必要がある、などと言われます。この意味は、単に多量なアイデアを出さなければならない、ということではありません。過去のアイデアにこだわることなく、何度もリセットしながら新たなアイデアを考え続けるべきだということです。過去の労力や時間が無駄になることを恐れないこと、自分のアウトプットを高く評価しすぎないこと、といった心がけが必要なのです。読者の皆さんの中には、広告・マスコミ業界を目指している人も多いかと思います。今のうちから、このような心がけで、ESや自己アピールに取り組むことは、今後を考えても意味があると思います。

なぜ夏休み最終日まで宿題を持ち越してしまうのか

もう一つ現実的なアドバイスをします。何かの行動に必要な時間の見積り方に関するものです。人間は誰しも、仕事や作業を行う際に必要な時間、労力、お金などを実際よりも少なく見積もる傾向があります。行動経済学では、これを「計画錯誤」と呼びます。わかりやすい例は、夏休みの宿題です。終わっているはずの宿題が終わらず、最終日に慌ててしまうのは、「計画錯誤」によって、宿題に必要な時間を短く見積もってしまったためです。

だから計画通りに宿題や仕事が進まないとき“自分がだらしないから”だと悲観する必要はありません。「計画錯誤」はすべての人に働くからです。この心理を認識していれば、必要な時間や労力を低く見積もらずにスケジュールを組めます。具体的な方法として、一連の作業を分解して、個別の作業ごとに所要時間を見積もったうえで全体の時間を算出するという方法があります。こうして組んだスケジュールは、作業全体を大まかに見て算出したものよりも正確です。

「計画錯誤」が働く主な原因は、人間が実際以上に自分自身を高く評価し、将来を楽観的に予測する「ポジティブ幻想」だと考えられています。これは物事を前向きに考え、健康な精神を保ち、難しい課題にチャレンジするためには必要です。だから「計画錯誤」を避けるとしても、この姿勢まで失ってはいけません。さらに、過去のアイデアにこだわりすぎる「サンクコスト効果」に陥らないようにしながらも、考え続ける姿勢が大事です。こうした姿勢は就活が終わった後、さまざまな仕事に取り組むときにもきっと役立つことでしょう。


第1回「ゼミやサークルを優先して、就活を後回しにしてしまうのはなぜ?」を読む
第13回「なぜESを他者にチェックしてもらうべきか」を読む

著者プロフィール

マーケティング&ブランディングディレクター/昭和女子大学 現代ビジネス研究所 研究員 橋本之克さん
東京工業大学社会工学科卒業後、読売広告社、日本総合研究所を経て、1998年アサツー ディ・ケイ入社。戦略プランナーとして金融・不動産・環境エネルギー等の多様な業界のクライアント向けに顧客獲得業務を実施。2019年独立。現在は、行動経済学をビジネスに活用する企業向けのコンサルティングや研修講師を行う。また企業や商品に関するブランディング戦略の構築と実施にも携わる。著書に『9割の買い物は不要である 行動経済学でわかる「得する人・損する人」』(秀和システム)、『世界最前線の研究でわかる! スゴい! 行動経済学』(総合法令)ほか。