RESEARCH業界・職種を学ぶ 就活・自分を知る
レポート
最後にどうしても迷ったときに心の声を聞くためのおまじない ─ 就活を成功させるための心理テクニック 第20回【全文公開】
橋本之克さん
近年大注目の「行動経済学」。不合理な生き物である人間を、心理学と経済学を用いて分析する考え方で、マーケターが消費者インサイト(消費者自身が気づいていない本音や動機)を捉える際にも参考にするメソッドです。就職活動も人の不合理な判断が少なからず起きてしまいます。判断を誤らないように、行動経済学を用いて就活対策をするならば──。
最終回の20回は、数多ある自分の未来に悩んだとき。自分の内なる声を聞くためにどうすればいいか。ファイナルアンサーを決めるためのコツをお伝えします。目の前の就活だけでなく、将来の仕事から実生活にも役に立つ、就活を成功させるための心理テクニックをお伝えしていきます。
2022年3月15日に『なんで?を解き明かす行動経済学が導く 納得就活~就活を成功させるための心理テクニック~』を宣伝会議より発行しました。これはマスナビで連載のコラム「就活を成功させるための心理テクニック」をまとめ、テキスト・イラストを大幅加筆したものです。タイトル『納得就活』に込めた思いに関連する第20回のコラムを、書籍発刊を記念して全文公開します。(マスナビ編集部)
表層ではなく深層に目を向けるために気をつける3つのこと
正解ではなく納得を目指す
心理的バイアス以外にも選択を難しくする要素があります。そもそも自分に合った仕事や会社を探すことは困難です。例えば、自分の好きなことを仕事にするべきか、世の中から求められていることを仕事にすべきか迷う人がいます。原因は、選択の基準が明確でないことです。早急の基準を決めなければ、具体的な企業選びの段階に進むことができません。
このほかに、企業の内情がわからないこと、将来における業界の景気が読めないことなども、選択の難しさの原因になります。必要な情報が不足しているなかで選択をするのは困難です。
現実的には、就活における重要な選択で、確実な正解を導くのは不可能なのかもしれません。ならば最低限、悔いのない選択をするために、どう取り組むかが重要になるでしょう。
心理学者であるカリフォルニア大学バークレー校のバリー・シュワルツ客員教授は、多くの選択肢からベストなものを選ぼうとするほど結果的に得られる幸福感が少なくなり、後悔と不満が増えると言います。選択後に、もし別の選択をしたらもっと良い結果になったのでは?と想像してしまうからです。
就活の選択においても、ベストな選択に固執することは得策ではないのでしょう。満足できず迷いが残ることになりかねません。
では就活の選択には、どのように取り組むべきなのでしょう。行動経済学者であるコロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授は、選択とは発明であり創造的なプロセスだと主張しています。目の間にある物事を選択することで、自分の環境や人生、自分自身を創るのだと言います。確かに日々の選択によって人は、少しずつ変わりますし、その積み重ね方によって人間として成長すると考えられます。
従って就活の選択では、正しい結論を出そうと悩むのではなく、考えることも含めた選択行動を自分磨きのプロセスととらえて、前向きに取り組むのが良いかもしれません。
直感を引き出すためのトリガー
ここまでは選択における行動経済学の視点での注意点、取り組み方について解説しました。最後に、選択における具体的な方法を一つ紹介しましょう。かつて日本総合研究所で勤務していた頃、上司の田坂広志氏から、過去のエピソードを通じて教わったものです。
ある商品開発プロジェクトのリーダーが、開発に踏み切るかどうかの、ハイリスクで難しい選択を迫られていました。会議や調査を行っても結論は出せず、最終期日も迫ったため、「サイコロ」を振って決めることにします。偶数ならば実施、奇数なら見送りと決めて振ったサイコロの目は偶数でした。ところが彼は、実施見送りを決断します。根拠となったのは、サイコロが決めた結果を目にした瞬間に働いた直感です。始めからサイコロの目に従うつもりはありませんでした。一度、思考をリセットしたうえで直感を導くための手段に使っただけだったのです。このリーダーは、偶数の目を見た時に“これは違う”という心の声を聞いたのでしょう。
皆さんもこの方法を試してみてはいかがですか? サイコロを使わず、知人の誰かに選択を委ねても良いでしょう。ただし相手が述べる結論や理由を参考にすることが目的ではありません。直感を導く手段として、自分の思考から離れた結論を聞ければ良いのです。その結論を聞いた瞬間の、自分の心の声を注意深く聞いてください。
さて、ここまで20回にわたり、就活における行動経済学の活用方法を紹介してきました。学問的な知識に限ることなく、広告・マスコミ業界で働いた経験なども織り交ぜてアドバイスをさせてもらいました。全体を通じて、皆さんの満足できる就職に役立つことを願っています。頑張ってください。
著者プロフィール
マーケティング&ブランディングディレクター/昭和女子大学 現代ビジネス研究所 研究員 橋本之克さん
東京工業大学社会工学科卒業後、読売広告社、日本総合研究所を経て、1998年アサツー ディ・ケイ入社。戦略プランナーとして金融・不動産・環境エネルギー等の多様な業界のクライアント向けに顧客獲得業務を実施。2019年独立。現在は、行動経済学をビジネスに活用する企業向けのコンサルティングや研修講師を行う。また企業や商品に関するブランディング戦略の構築と実施にも携わる。著書に『9割の買い物は不要である 行動経済学でわかる「得する人・損する人」』(秀和システム)、『世界最前線の研究でわかる! スゴい! 行動経済学』(総合法令)ほか。
書籍『なんで?を解き明かす行動経済学が導く 納得就活~就活を成功させるための心理テクニック~』概要
日本で初めての行動経済学を用いた就活本『なんで?を解き明かす行動経済学が導く 納得就活~就活を成功させるための心理テクニック~』(以下、納得就活)が2022年3月15日に発売されました! 行動経済学の理論で就活のさまざまなジレンマを克服していきます。「就活生の心理・不合理な行動」「面接官の心理・理不尽な判断」について行動経済学を通して見つめることで、納得のいく結果を導いていきます。
『納得就活』はマスナビ内のコラム「就活を成功させるための心理テクニック」を書籍化したもの。マスナビ編集部も協力して、就職活動(就活)で直面する様々な“もやっとする悩み”を、行動経済学を通してすっきりさせる内容となっています。
書籍の詳細はこちらから
「就活における行動経済学の活用」としてここまで、情報収集、ES等の作成、面接と進んできました。最終回は“選択”をテーマに解説していきます。複数の企業から得た内定、就職以外の進学や就職浪人など、複数の選択肢から最終的な一つを選択する状況をイメージしてください。
まず選択の基本となる行動経済学に基づく注意点を解説します。表層的な判断をしてしまう過ちを避け、熟考して満足できる決断を下すために知っておくべき心理的バイアスです。
一つ目は「極端回避性」です。これは複数から一つを選ぶ場合に、極端な選択を避けて中間を選ぶ傾向です。松竹梅の3段階の中で、真ん中の竹を選ぶのが典型例です。就職先選びで「極端回避性」の影響を受けると、欠点はないけれど優れた点も少ない会社を選ぶ可能性があります。無難な選択ではありますが、リスクが低いとも言えません。なぜなら企業の将来は読めないからです。このような選び方ではなく、自分が重視する軸を定めて選択することが重要です。
二つ目は「理由に基づく選択」です。行動につながるなんらかの理由やストーリーがあれば、不合理であっても気にせず行動する傾向です。例えば、自宅で就活の作業中に同級生から飲み会の誘いを受けたとします。出かける場合は「友人から情報が得られるから」などの理由を付け、逆に断る場合は「作業を中断すべきではないから」などと理由づけることでしょう。ともに迷わず行動できますが、どちらも検討の結果でなく、自分が合理的だと思い込める理由があるだけかもしれません。就職先を選ぶ時にこのバイアスの影響を受けると、自分が何をしたいか自問自答せずに、納得感のある選択理由を見つけただけで決断してしまう可能性があります。判断が浅くなるので気を付けるべきでしょう。
三つ目は、以前に解説した「保有効果」や「損失回避」です。手元にある物事に高い価値を感じる心理は「保有効果」で、失うことを避けたくなる心理は「損失回避」です。複数から一つを選ぶ際に必ず“あきらめるべき選択肢”を選ぶことになります。仮に、新進のベンチャー企業で働けば先進技術を身に付けられますし、有名大手企業に入れば安定が得られますが、これら両方を得ることはできません。選ばなかった方の選択肢に対して「保有効果」や「損失回避」が働き、決断しにくくなる可能性があるので、注意が必要です。