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レポート

広告とPRの違いは? PRの第一人者が解説

博報堂ケトルファウンダー 嶋浩一郎さん

広告とPRの違いは? PRの第一人者が解説

「民泊」「ノンアル」「キャッシュレス」「朝活」「グランピング」「おひとりさま」…。一昔前にはなかった概念が、いま新しい「あたりまえ」として社会に受け入れられています。

新時代の新常識は、どのようにして広まったのか。実は、この「新しい“あたりまえ”をつくる仕事」があります。新しい価値観やライフスタイルが定着するための補助線を引く仕事が「PR(パブリックリレーションズ)」であり「PRパーソン」です。今回はPRの第一人者である博報堂ケトル・ファウンダーの嶋浩一郎さんにPRについて解説いただきました。

※本稿は、嶋浩一郎著『「あたりまえ」のつくり方 ——ビジネスパーソンのための新しいPRの教科書』(NewsPicksパブリッシング)の一部を転載・再編集したものです。

広告は差別化ポイントを、PRは共通の目的や利益を探る

女性の社会進出や男性の育児参加、新しい働き方、キャッシュレスからデリバリーフードの習慣まで、かつての「あたりまえ」が変化してきました。


PRの真髄は、既成概念とは異なる価値観やライフスタイルなどが、世の中に浸透、普及するのを支援、加速する「合意形成」の活動です。つまり、この本において合意形成とは、「今までにない概念の定着とそれに伴って、人々が考えや行動を変えること」なのです。PR活動のその先に「ひとり焼肉」や「グランピング」「ワーケーション」などの、今までだったら考えられなかった行動が定着し、新しい文化になっていくのです。


ここからは合意形成について、もう少し具体的に理解してもらうために、広告・マーケティングとPRの違いを説明したいと思います。ぼくはその両方を仕事にしてきて、新しいアイデアを世の中に浸透させるやり方において、広告とPRは根本的なアプローチの仕方が異なることを認識するようになりました。


広告はTVや新聞雑誌、インターネットなどメディアの広告枠を購入し、そこに企業が発信したいメッセージを掲載するものです。一方で、PRは自分で情報の発信をせず、影響力のある第三者に対して、「この新しいアイデア、おもしろいと思いませんか?」と問いかけ、情報発信など新しいアイデアの普及のための何らかの行動を起こしてもらいます。


つまり広告は自分で発信し、PRは第三者が発信するというふうにざっくり言うことができます。さまざまなスキルや専門性を持っている人たちが世の中にたくさんいるわけだから、自分でやらずに彼らの力を借りて新しい「あたりまえ」を広めていくわけです。


この違いは多くの人が指摘するのですが、ぼくはもう1つ、広告とPRの違いで重要な点があると考えています。それは、ひと言で言うと、広告は人と違うところを見つけるとほめられる仕事で、PRは人と同じところを見つけるとほめられる仕事だということです。



広告は、新商品が出たときなど、「今までとは違うこんな商品が出ました!」と発信することが多いですよね。例えば、車の広告だとしたら、うちの車は他社の車より、燃費がいいですとか、デザインが優れていますとか、荷室が大きいとか、同じ市場における競合他社の商品・サービスとの差別化ポイントを強調することで、消費者の関心を高めるわけです。つまり、広告をする人は、競合商品との差別化ポイントを探し、その違いを印象に残るやり方で表現することが得意です。


一方で、PRの仕事は、時に価値観の異なる人や集団との間で共通の利益、つまり「ここは握れますよね?」というところを見つけるのが得意なんです。PRの最大の武器であるパブリシティも実は、「ここは同じですよね」を見つける仕事なんですよ。


例えば今、プロの麻雀リーグが立ち上がっています。その活動を世の中に広めるために、ニュース番組に露出させたいとします。しかしギャンブルのイメージがある麻雀はニュース番組ではなかなか報道しづらい側面があります。そこでPRパーソンは、「麻雀がボケ防止に役立つということで注目を集めている」という切り口を考えるわけです。プロ麻雀リーグの選手の中には、「健康麻雀」という看板を掲げシニア向けにボケ防止のための麻雀教室を開いている人がいます。こんな情報をメディアに提供します。夕方のニュース番組は視聴者に多くのシニアを抱えていて、「ボケ防止」という切り口なら視聴者にとっても有益な情報であるし、社会的にも価値がある、メディアが報道するに値する情報になるのです。「ボケ防止」が、プロ麻雀リーグと報道するメディアの双方で、共に握れるポイントになるわけです。


パブリシティは単にプレスリリースを出したり、記者会見をすることで記事化や番組化が進むわけではなく、各メディアが持つ世界観やその視聴者のニーズと、発信したい情報の共通点を探る駆け引きの中でディールが成り立つのです。

民泊は「同じ」を見つけるPRで普及した

そんな同じところを見つける合意形成は、報道してもらう活動だけにあるわけではありません。


今ではAirbnbをはじめとしたさまざまな民泊サービスがずいぶんと浸透してきました。旅に出るときに、今までどおりホテルや旅館に泊まるのではなく、他人の家やアパートメントを借りて利用する選択肢は、新しい「あたりまえ」になりつつあります。


民泊を世に広めたいと思ったとき、広告的に考えると、宿泊という市場における体験の差別化をアピールしていきます。例えば、「それは今までにない宿泊体験」などのように、ホテルや旅館に泊まるのではない体験を発信するのではないでしょうか。画一的なホテルや旅館の部屋ではなく、生活するように泊まれる民泊は、地方文化に自然に触れることができる今までにない体験です。


この「ここが今までとは違うでしょ」というメッセージは、新しい体験が好きな、キャズム理論でいうところのアーリーアダプターの人たちに対して有効なアプローチです。でも、世の中には新しい体験をすぐには受け入れられない人たちもいるわけです。「今までどおりホテルでいいよ」と思う人もいるし、「気がついたら、隣の家に知らない外国の人が泊まっていたらなんだか嫌だな」とか、「知らない人が知らぬ間に泊まっていたら、地域の治安が悪くなるんじゃないか」なんて思う人がいても不思議ではありません。民泊が普及することに対してネガティブなことを思う人は存在するわけです。こんなとき、PRは広告とは逆に「同じところ」、つまり、ここは共通の利益になりますよね、というポイントを見つけて、合意形成を進めることで、世の中に民泊という概念を広めていくのです。


ある地方自治体が「関係人口を増やす」ということを目標にしていたとします。そのとき、PRパーソンは「民泊のプラットフォームという新しいサービスを利用したら、みなさんの自治体を訪れる人、ひいては関係人口になる人が増えるのではないでしょうか」というように、「関係人口」という握れるポイントを探して、民泊の採用を働きかけるのです。たしかに旅館やホテルに泊まるのではなく、地域の家庭に泊まって地域の文化や人々にダイレクトに触れることで、関係人口が増える可能性はありますよね。


あるいは、「空き家対策」が課題になっている自治体に対して、PRパーソンは「民泊という新しいサービスの導入によって、空き家対策が進むのではないでしょうか」という提案をし、例えば民泊を活用した空き家の有効利用の実証実験などをすすめるのです。


ここは同じ目的のために動けませんか?と同じところを見つけることで、新しいアイデアをより普及させていくことこそがまさにPRの仕事なのです。世界最大級の宿泊予約プラットフォームAirbnbは、自治体とのさまざまな共通利益を見つけることで日本における民泊サービスをリードしてきました。まさに、PR的な思考とアプローチがその活動を支えてきたのです。


通称「民泊新法」と言われる「住宅宿泊事業法」の制定のための働きかけを行政にすると同時に、地域社会に対して民泊が浸透しやすくなるような調査研究・実証実験などを進めたのです。具体的には、「空き家 ×Airbnb=地方創生」といったテーマで、東京大学と共同研究を開始するなど、民泊を通じて社会問題を解決に導く方法を模索しました。つまりステークホルダーが互いに共有できる目的やテーマを提示することで、関係性の土壌を作り、対話をすすめ、民泊の普及を促進してきたのです。


このように、PRはあちら側のニーズとこちら側のニーズが重なるところをいくつも見つけながら、プレイヤー同士が手と手を握るお手伝いをする仕事です。同じところ、共通の利益を見つけることで、新しい「あたりまえ」がより普及しやすくなるように、さまざまなプレイヤーの動きを後押しするのです。もちろん、相手が新しい価値観に合意してくれないときもあります。そんな状況でも一方的に主張をするのではなく、対話によって譲れるところは譲りながら、「ここなら、一緒に握れませんか?」「ここなら同じ目標を目指せませんか?」と、その人の価値観と重なるところがないか模索をし続けるのです。


それは対立する人たちの間にたって、哲学者ヘーゲルのいう「アウフヘーベン(止揚)」を提示するアプローチともいえます。下の図のようにAとBが対立しているとき、両者が納得できるであろう解決策Cを提示するのです。



PR活動においては、クライアントの方針に反対を唱えるステークホルダーももちろん現れます。PRパーソンはそのとき、両者が満足する方向性を模索します。一歩も進まないよりは、反対派の人も含めて前進できる選択肢を考えるのです。「同じところを見つける」というアプローチは、マーケティングやコミュニケーションの世界だけではなく、事業開発の領域でも重要になってくるとぼくは考えます。


トヨタの豊田章男会長は「トヨタは自動車メーカーからモビリティカンパニーに生まれ変わる」と宣言しました。そして、モビリティカンパニーの事業開発には、車メーカー以外のさまざまな業界の知見とビジネスを共創していかなければいけないと、記者会見で「この指とまれ」とアピールしました。つまり、同じモビリティサービスの未来を描けるなら、業態を超えて協力し合い新しい未来の「あたりまえ」をつくっていきましょうという宣言をしたわけです。


「共創の時代」と呼ばれる今、たがいに異なる知識や体験を持つ人が集まって新しい知恵を生み出さなければ産業にイノベーションは生まれません。ここはご一緒できますよね、という「同じ目的やテーマ」を見つけて提案する技術は、新産業創出、事業開発にとっても必要になるはずです。

著者プロフィール

博報堂ケトル ファウンダー

嶋浩一郎

1968年東京都生まれ。1993年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR活動に携わる。01年朝日新聞社に出向。スターバックスコーヒーなどで販売された若者向け新聞「SEVEN」編集ディレクター。02年から04年に博報堂刊『広告』編集長を務める。2004年「本屋大賞」立ち上げに参画。現在NPO本屋大賞実行委員会理事。06年既存の手法にとらわれないコミュニケーションを実施する「博報堂ケトル」を設立。カルチャー誌『ケトル』の編集長、エリアニュースサイト「赤坂経済新聞」編集長などメディアコンテンツ制作にも積極的に関わる。2012年東京下北沢に内沼晋太郎との共同事業として本屋B&Bを開業。編著書に『CHILDLENS』(リトルモア)、『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』(ディスカヴァー21)、『企画力』(翔泳社)、『このツイートは覚えておかなくちゃ。』(講談社)、『人が動く ものが売れる編集術 ブランド「メディア」のつくり方』(誠文堂新光社)がある。



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広告・PR志望の学生必見! 必要な視点・マインドとは?

博報堂ケトル嶋浩一郎さんにマスナビ編集部が独自インタビューを実施しました。広告・PR志望の学生に必要な視点・マインドについて語ったインタビュー記事は以下より読むことができます。


▽新しい“あたりまえ”をつくる仕事 PRの第一人者・博報堂ケトル嶋浩一郎さんインタビュー▽

https://www.massnavi.com/people/1297.html